No.90 愛をもって仕える

「神は愛です。愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。」

(ヨハネの手紙一4章16節b)

 みなさんが腹話術を始められたのは何年前でしょうか。もう20年も30年も前だという方もおられることでしょう。私自身は47年も前になりますが、その時の動機は、やはり「子どもたちに聖書を伝えたい」という思いからでした。それからの10年間、どこの教会に招かれても、「腹話術子ども会」は盛況でした。どんなに少なくても50名から100名(しかも、主に小学校上級生まで)が集まったものです。そして、一体の人形タカちゃんとの会話を、食い入るように、30分もじっと聞いてくれたのです。当時は、子どもたちは、塾や習い事もめずらしく、一人で遊ぶ道具も少なく、学校の友達や近所の子供たちと一緒に過ごすことが多かったからでしょう。

 そして、時は流れ、今や、教会学校に来る子供は、本当に少なくなりました。生まれた時からスマホが身近な遊び道具です。小学生の塾通いや習い事は当たり前になってきました。どこの教会でも、高齢化が進み、子ども伝道に苦慮しています。従って、腹話術を習うクリスチャンもめったに現れません。ノンクリスチャンが趣味娯楽のために使うくらいです。

 もう、神さまは、ご自身の証しのために、腹話術を用いることをおやめになったのでしょうか。それとも、子どもではなく、高齢者のためにと、対象をシフトされたのでしょうか・・・そんなことを思いめぐらす中で、ふと、気づかされたことがあります。「主は、天地万物の造り主、誰よりも創造性豊かなお方だ」ということです。つまり、私たち人間の方が“頭が固い”だけなのです。今までのやり方だけに固執して、それができなくなったからと言って、勝手に嘆いているだけなのです。イエスさまも、弟子たちと道を歩きながら、あらゆる人々を教え、苦しむひとりひとりの病も癒されました。決して、ユダヤ人の会堂だけで語られたのではありません。

 私たちは、もっともっと腹話術を用いて主を証しする(主の愛を流す)時と場所、方法を柔軟に祈り求めるべきではないでしょうか。実は、昔も今も、パペットやぬいぐるみは、大人も子どもも大好きなのです。老若男女問わず“かわいい”ものには惹かれるのです。パペットがおしゃべりすることは、誰が見ても“不思議で楽しい”のです。どうか、みなさんも、これまでのスタイルから脱皮して、新しい形で人々に仕えることに挑戦してみてください。

(1)教会内で用いる場合

 教会学校や集会での“頼まれ奉仕”だけでなく、色々な場で積極的に「少しだけ時間をください」と言って、実演の機会をもたせていただくのです。

(2)教会外で用いる場合

①キリスト教主義の学校や幼稚園、老人ホームなどであれば、正式にコンタクトをとると、きちんと演じる場を設けてくださる場合があります。
②公立の学校でも、何かのイベントの時、お声がかかる場合があります。
③一般の施設(学童、図書館など)でも、腹話術は歓迎されます。聖書片手では絶対に入れない所に、パペットをかかえてなら入ることができるのです。(もちろん、台本の内容は、工夫が必要ですが。)

(3)“ひとり”のために

 老人ホームで演じる時も、みなさんに集まっていただくのではなく、動けないひとりひとりを見舞う形で、パペットと一緒におしゃべりすることも喜ばれることでしょう。また、入院中の子どもを楽しませることもできます。みんな、「私のことを気にかけてほしい」からです。

(4)被災者の慰問として

 東日本大震災の後、たくさんのボランティアが慰問に出かけました。その中には腹話術グループもいました。そういう形で「仕える」こともできるのです。もちろん、教会主催の仮設住宅での集会なら、大胆に福音を語ることもできますし、そうでなくても、人々に仕える方法はあるでしょう。要は、私たちが「神の愛」により、聖霊に促されて行動するかどうかなのです。

2024年2月23日