No.34 自分らしい腹話術
「それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。…私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。」
詩篇139篇13~16節
今まで、台本の書き方に関するメッセージを語ってきましたが、今回は、ちょっと立ち止まって、自分の腹話術について思いめぐらせてみましょう。
あなたは、初心者講習を受けてから、何年になりますか?一年に何回位、奉仕の場がありましたか?どんな対象の集会が多かったですか?その都度、どんな思いで演じてきましたか?
ところで、あなたは台本書きが楽しいですか?練習に喜びを感じますか?そして、何よりも「自分の腹話術が好きですか??」
この最後の質問は、「あなたはあなた自身を愛していますか?」ということにも通ずることだと思います。みことばに「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」(マルコ12:31)とあるように、私たちは、まず自分自身を受け入れ、愛せなくては、隣人を愛することはできません。そして、自分が演じる腹話術を愛していなければ、喜んで、楽しく人前で演じることはむずかしいでしょう。
ところが、私の見渡すところ、クリスチャン腹話術師の中には、「自分の腹話術」に自信がもてず、奉仕にも積極的になれない人が少なからずいるということを感じるのです。それはいったいなぜなのでしょうか。
ここで、私は、ノンクリスチャンの方が自信家が多いと言っているわけではありません。確かに、信仰なき芸の世界では、腹話術が大好きな人で、熱心にボランティアをしている人も多いのですが、それが“わが身の栄光のため”であるなら、神の目には喜ばれることはできません。その場合の「自分が好き」というのは、あくまでも自己中心のレベルのことなのです。
そもそも、「本当の自分はどんな人間か」ということは、創造主の神様を抜きにしては私たちにもわからないのです。人間は、「神に造られた本来の自分」を回復しない限り、自分を愛することもできないものなのです。
そこで、腹話術を通して、本来の自分をどう発見するか、について、いくつか検証してみましょう。
(1)子どもの前で演じるより、大人の方が楽しい・・
それは、あなたの年齢のせいかもしれませんが(若い時は、比較的楽だと思いますが)、基本的に、あなたは、大人の人向けに演じるために召されているのでしょう。腹話術は全年齢層を対象として用いることが可能ですが、だからといって、一人の人がオールマイティーになる必要はありません。大人の人のための台本を書き、大人の集会で大いに活躍してください。これからは、ますます高齢化社会なのです。
(2)聖書台本がどうしても苦手・・・
それは、あなたが、腹話術で聖書のメッセージを語るようには召されていないからかもしれません。単に努力不足であるなら、自己反省をしてください。けれども、クリスチャンだからといって、すべての人が聖書台本を演じなければならないわけではないのです。自分が最も興味、関心のある題材でなければ、台本は書けないものです。聖書ではなく、童話、物語、日常の事柄でも良いですし、極端な話、落語や漫才のようなエンターテイメント的なものでも構いません。自分が最も生き生きとする領域を学び、台本を書き、それにふさわしい奉仕の場を見つけてください。それでもキリストの香りを放てるはずです。
(3)教会で奉仕の場がない・・・
それなら、あなたは、教会の外へ出るべきです。クリスチャンは、どうしても教会学校とか、教会内の集会でやらなくてはならないように考えますが、腹話術はどんな場所にも入っていけるツールです。イエス様は、「全世界に出ていって福音を宣べ伝えよ」と命令されました。そのために、腹話術を賜物として与えてくださったのです。あなたが教会以外で人と出会う場所に、人形を連れていってください。仕事関係でもボランティアでも親戚や友人の集いでも、たった5分でも演じて、人々を楽しませてください。主があなたを導かれる時、あなたに喜びがきます。
2014年9月26日