No.86 術者の心と身体表現

「喜んでいる心は、顔色を良くする。心の痛みの中には、打ちひしがれた霊がある。」

(箴言15章13節)

 前回は、「人形操作の7癖」について学びました。人形の動きが無表情になりやすいのはどうしてか―頭、ボディー、手足の動きが鈍いことに関係している―ということでした。けれども、これは人形だけの問題ではありません。人形が無表情であるということは、つまるところ、術者が無表情であるということなのです。もちろん、人形操作に気をとられているがゆえに、術者自身の表情が乏しくなってしまうということもあります。けれども、概して、人形の感情表現に心が向いていない術者は、自分自身の感情表現にも気がまわらない場合が多いようです。(つまり、台本の台詞で頭がいっぱいなのでしょう。)
 けれども、ここにひとつの矛盾が出てきます。術者が、もし台詞に心を向けているなら、どうして、その感情が顔や手の動きに現れないのでしょうか。本来、人の心と身体の動きとは切ってもきれないはずなのに、です。それは、おそらく、台本の台詞が頭の中だけで止まっていて、暗記したばかりで、本当の意味で「心を伴ったことば」になっていないからではないでしょうか。だとすれば、いつもお勧めしていることですが、どうかテレビドラマなどを見ながら、いかにして、感情表現を伴ったことばを発するかを学んでみてください。(時には、ことばを発しないまま、身体の動きで心を伝えていることもありますから。)
 というわけで、「台詞」と「心」と「身体表現」はひとつなのですが、今回は、あえて術者の感情のこもった身体表現について、少し考えてみましょう。

1.顔の表情

 腹話術師にとって、台詞以外で、最も大切な感情表現としては、「顔」の動きということができます。ところが、当然ながら、人形の声を発声するためには“リップコントロール”をしないといけませんので、それに気をとられると、顔の半分が能面のように無表情になりやすいのです。でも、それはあくまでも人形の台詞の時だけであり、術者の台詞の時には、目いっぱい、感情を表現していただきたいと思います。
(1)目の動き
 「目は口ほどに物を言う」と言われるように、術者は、自分の目の動きに、もっと集中してほしいものです。俳優も“目力”が強い人は演技力のある人です。悲しい目、うれしい目、怒っている目、皮肉っぽい目、など、いろいろ研究してみてください。
(2)頬の動き
 目と共に顔の中心的な動きとしては、頬の部分が重要です。多くの無表情の術者は、頬が落ちていて動きません。腹話術が全体的に明るい雰囲気を出すためには、いつもにっこり、頬が上がっていることが大切です。
(3)口の動き
 口の動きとは、すなわち、術者が台詞を言う時のことですが、術者はふつうの会話の時とは違って、縦横大きく口を動かして発音、発声して、感情を表現してください。

2.手の動き

 術者は当然、右手(または左手)で人形を操作していますので、残された片手の動きが大変重要になってきます。もちろん、その左手(または右手)だけで、人形の操作もしなければなりませんから、基本的には、人形に触っていない間にどう動かすか、という問題になります。
 とにかく、手の動きというのは、顔の表情と合わせて、できるだけ大きく動かして、(むしろ、大げさくらいに)どれだけうれしいか、悲しいか、驚いたのか、困ったのか、などを表現することを心掛けてください。
「あの人、小柄だけど、人前に立つと芸が大きく見えるね」と言われる腹話術師は、この身体表現が豊かな人に違いありません。みなさんも、思いっきり大きな口を開けて、大胆な感情表現にトライしてみてください。

2023年8月25日