No.30 見えるようにしてください
礼拝メッセージの奉仕が始まってしばらくして、60歳の頃、私は自分の近眼がどんどん進んでいくようで不安になりました。まあ、父親がひどい近眼だったことは知っているし、私も中学3年生から右目の視力が落ち、大学時代以降、30年間コンタクトレンズを使用してきたのです。「それにしても、見えないなあ。私の近眼はどこまで進むのかしら…」といぶかしく思いながら、メガネ屋さんに行くと、店員さんに「右目がひどく悪いようですね。一度眼科に行って精密検査を受けた方がいいですよ」と勧められてしまいました。
そうして、結局はその道では有名な眼科に通うことになり、私の病名は「緑内障」でした。
それまで「白内障」しか知らなかった私は、かつて父親に「メガネを作る時は、必ず眼科に行けよ」と言われていたことを思い出し、ひどく後悔しました。緑内障というのは、近眼がひどい人は30~40代くらいから進んでいくものなのだそうで、それを60歳になって気が付いたのですから、もうすべては手遅れです。
それから約10年間医者に通って、目薬を点眼し続けましたが、視力はさらに悪くなり、眼圧が夜中に高いことが判明し、とうとう「眼圧を下げる手術をするしかないですね」と宣言されてしまいました。
「緑内障は悪化すると最後は失明する」ということを知ったのは、しばらく経ってからでしたが、手術前、猛烈な恐怖に襲われました。
目が見えなくなったらどうしよう。もう聖書も読めなくなるし、説教の奉仕もできなくなる。第一自由に歩き回ることもできなくなるのではないか…そんなことを想像すると、目の前が真っ暗になるようでした。
70歳になって、今更点字の勉強もできないし…などととりとめもなく思い悩んでいましたが、ふと「なあんだ、大丈夫。まだ左目はちゃんと見えているじゃないの」ということに気が付いたのです。
すると、こんなみことばを思い出しました。
「もし右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨てなさい。からだの一部を失っても、全身がゲヘナに投げ込まれないほうがよいのです。」マタイ5:29
ひどい適用です。文脈からは全くはずれているし、意味も違うのに、なぜかその時は、変に納得したような気がしたのです。「主よ、私はもし右目が見えなくなっても、それによって“謙遜”を学ぶことができるなら、その方がうれしいです」と。(ちょうど、アンドリュー・マーレ―の『謙遜』を読んでいたからかもしれません。)
そうして、右目の手術をして3年。眼圧は確かに下がりましたが、何と視力も下がってきたのです。矯正視力は0.1も見えません。ある知り合いの男性が「私も片目を2回手術しましたが、3回目の時に、ある医者に『目というのは、一度メスを入れると視力も落ちるものですよ』と言われ、手術はやめました。結局、今は片目だけで生活しています」と教えてくれました。
その言葉を聞いて以来、私はもう手術をしない、と決心し「主よ。せめて左目は守ってください。人生の最後まで何とか生活できるように」と祈り始めました。左目は、幸い矯正視力が1.2まで出ていたからです。
ところが、最近、その左目の視野検査で、視野が少しずつ狭まっていることがわかったのです。視力も心なしか、見えにくくなってきました。
ひょっとして、このままじわりじわりと見えなくなるかもしれない…と思い、自転車を手離し、歩くのにも気を付け、パソコン作業は短くし…と、気をつけるようになりました。
「仕方ないよ。これも“老い”のひとつだから。受け入れるしかないでしょう。たとえ、両目が見えなくなっても、その時はその時。神さまが守ってくださると信じていこうよ」と自分に言い聞かせます。でも心の深いところで、どこか腑に落ちませんでした。
主は、この病を通して、私に何を教えようとしておられるのだろうか、という問いかけが絶えず押し寄せてくるのです。
そんなある日、主イエスのことばが響いてきました。
「わたしに何をしてほしいのですか。」すると、その目の見えない人は言った。「先生、目が見えるようにしてください。」マルコ10:51
そうです。私は目が見えるようになりたいのです。肉の目ではなく、霊の眼が!
もっと、イエスさまに近づきたい。イエスさまのみわざが見えるようになりたい。霊的判断力を与えられたい。神さまに近づいてみこころがわかるようになりたい。三位一体の神さまとの交わりの中に入らせていただきたい。ああ、主よ、あなたとひとつになりたいのです。もっと、見えないものが見えるようになりたいのです。
「ダビデの子よ。私をあわれんでください。」マルコ10:48
2025年8月18日