No.26 大震災から生まれたもの

 2011年3月11日、午後2時46分。「東日本大震災」は突如として起こり、日本中を震撼とさせました。
 その日、その時間帯に「ゴスペル腹話術クラブ」は、私という講師を迎えて最初の月例会を開いていたのです。1時半から始まった学びのちょうど休憩時間で、ティータイムのひとときでした。会場はかなりしっかりした教会堂のホールでしたが、その瞬間「あっ、地震だ!」と誰かが叫び、ホールは大きく揺れました。とっさに外に出ましたが、おさまったのでまた中に戻り、また揺れて外へ逃げ、と繰り返しましたが、ようやく揺れが止まり、会堂の中でしばらく静かにしていました。
 「どこだろう。横浜でこれだから、かなり大きいよね」と言いながら、もうレッスンどころではなく、みんな緊張しながらラジオやスマホで震源地を捜しました。「どうやら福島あたりらしい…。」メンバーの中には、福島に親戚がいるという人もいて、互いに顔を見合わせ、暗いムードになりました。
 夕方になったので、それぞれ帰宅しようとしても、すべての電車は止まっていて、動きがとれません。結局、会堂やメンバーのお宅などに分散して泊まらせていただくことになりました。
 その晩は、テレビはどこをつけても、津波や火災のニュースばかりで、一番は福島の原子力発電所の問題でした。私には、そのすぐそばに建っている教会の牧師やご家族の顔が浮かびます。良く知っている方々だったからです。「皆さんは、無事だろうか…。」そう思うと、一晩中まんじりともできませんでした。
 翌朝、ようやく電車が動き、自宅に帰ってみると、食器棚も何も別条なく、「あんなに大きく揺れたのに」ととりあえず安堵して、疲れていたので昼寝をしたのでした。

 それからです。この大震災の全容が次第に明らかになってきて、原発近くの福島の教会が新築したばかりの会堂に入れなくなり、皆さんで逃避行の日々が始まったのは…。
 しばらくして、この教会の牧師によるブログがネット上に上がるようになり、私は毎日それを読みながら、ただ祈るしかできない自分がもどかしくて仕方がありませんでした。
 「東北」と聞くと、かつて5年間山形、仙台の地に住んで、東北の諸教会を巡回したことがある私には、全く他人事とは思えませんでした。「あの人はどうしているだろうか。あの教会は被害を受けただろうか。津波から守られただろうか…。」次から次へと思い出します。
 けれども、だんだんと私の心は追いつめられていきました。「主よ、彼らが亡くなったり、苦しんでいるのに、私は無傷でどうして、今も生きているのですか?」
 日が経つにつれて、私はいてもたってもいられなくなりました。「ああ、私に腹話術ができたら、いつでもボランティアに行けたはずなのに」という無念さが押し寄せるのです。声帯を痛めて、今は指導者となってはいても、やはり実演ができないのはつらいものがありました。

 そんなある日、ふっと15年ほど前にアメリカの腹話術フェスティバルの時見かけた、“声を出さないパペット”を演じる女性のことを思い出したのです。彼女はもともとパペッタリー(人形劇)の人でしたが、犬やくまのパペットの胸にハートの袋を付けて、動きだけで心や台詞を表現する「ノントーキングパペット」を考案した伝道師です。当時、まだ腹話術の声が出た私は気にも留めませんでしたが、今声が出なくなった身としては、「ひょっとして使えるかも」と思いついたのでした。
 早速、連絡先を探し出し、メールしてみると、彼女は「ハーイ、メグミ、ダイジョウブ?シンパイシテイマシタヨ」と返信がありました。私は、こちらの事情を説明して、パペットをいくつか分けていただけないかと注文したのです。すると早速、ハートの付いた犬やくま、羊、白頭鷲などのパペットが送られてきました。
 その中で、私が一番心揺さぶられたのは、“巣から落ちて飛べなくなった白頭鷲の子ども”というイメージの鷲でした。その子を手にした途端に、みことばが浮かんだのです。

「若者も疲れて力尽き、若い男たちも、つまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。」イザヤ書40章30~31節

 その時から、私はこのノントーキングパペットを「ハートフルパペット」と名付けて、台本を書き、人前で演じるようになりました。赤いハートの袋には小物やミニ聖書を入れたりして、みことばで励ますストーリーです。傷ついた心、痛んだ心、悩む心の人々にみことばをもって、励ましや慰めを与えたい、と考えたからです。
 大震災の3年後、この鷲のパペットをもって、石巻の仮設住宅に出かけ、被災した方々の前で演じさせていただきました。みなさん一様に真剣な眼差しで観てくださいました。
 福島の原発近くの教会は、数年後、別の土地に鷲の形をした新会堂を建てたそうです。
天地万物の創造主であり、人の心の中をすべてご存知の神さまは、どんな災害や苦難にも勝利する力を与えてくださるお方だと御名をあがめているこの頃です。

2025年6月16日