No.62 聖書台本がメッセージとなるために④

-霊的教えへの転換- 聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です テモテへの手紙Ⅱ3章16節  聖書は、何のために書かれたのでしょうか。“霊”である神から“肉”をもつ私たち人間への語りかけです。本当は人間は“霊”も与えられた存在だったのですが、罪によって霊的には死んでしまい...

No.61 聖書台本がメッセージとなるために③

-導入の役割- 「あなたがたは、西に雲が出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言います。そしてそのとおりになります。また南風が吹くと、『暑くなるぞ』と言います。そしてそのとおりになります。」 ルカの福音書12章54~55節  聖書片手のメッセージでも同じことですが、メッセージには聴衆がいて、話を興味をも...

No.60 聖書台本がメッセージとなるために②

-真理の整理- 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」 ヨハネの福音書14章6節  聖書台本は、本当にむずかしいものです。せっかく、聖書研究をして腹話術ではないメッセージの組み立て方を学んでも、いざ腹話術台本になると、その構成が途...

No.59 聖書台本がメッセージとなるために①

「あなたのみことばは 私の足のともしび 私の道の光です。」 詩編119篇105節 腹話術の聖書台本をメッセージとして書き、演じることは、聖書片手のメッセージを作って語るより、さらに難しいかもしれません。単なるメッセージであるなら、自分ひとりで祈り、学び、神さまから示された真理のポイントをまとめ、原稿を見なが...