
No.8 ゴスペル腹話術と共に
坂西賀寿代 私は、四国の高松で、高校2年の時から教会に通い始めました。 教会は宣教師が開拓したもので、日曜は保育園の場所を借りて礼拝をしていました。 私は救われてすぐ、教会学校教師の奉仕を始めました。その後、プレハブの教会を建て、そこに移りました。近所の団地の階段で、小さな子ども集会をしました。楽しかっ...
坂西賀寿代 私は、四国の高松で、高校2年の時から教会に通い始めました。 教会は宣教師が開拓したもので、日曜は保育園の場所を借りて礼拝をしていました。 私は救われてすぐ、教会学校教師の奉仕を始めました。その後、プレハブの教会を建て、そこに移りました。近所の団地の階段で、小さな子ども集会をしました。楽しかっ...
山田真佐子 私には40年以上習い続けてきた事が2つあります。その一つが腹話術です。細々と,ゆっくりと腹話術に向き合ってきました。 腹話術を長く続ける秘訣は色々あるかと思いますが、まずは良き指導者と、良き仲間に恵まれる事、これは重要なポイントだと思います。改めて高橋めぐみ先生と仲間たちとの出会いに感謝です...
2011年3月11日、午後2時46分。「東日本大震災」は突如として起こり、日本中を震撼とさせました。 その日、その時間帯に「ゴスペル腹話術クラブ」は、私という講師を迎えて最初の月例会を開いていたのです。1時半から始まった学びのちょうど休憩時間で、ティータイムのひとときでした。会場はかなりしっかりした教会...
No.7「キリストがわたしの内に生きておられる」
2005年の5月に声帯を痛め、翌年腹話術師の現役引退となった私でしたが、その時は、「もう一生、腹話術をすることはないだろう」と、あらゆる情熱を失っていました。 そうこうするうちに、「十字架と地球の幻」を与えられ、「神さまのご計画はどこにありますか?」と祈りつつ、待ち望むようになりました。 再献身をした...
No.6「アンティオキアでの衝突」
松本 しげ子 私が初めて腹話術に出会ったのは1986年。娘2人を連れて児童センターに行ったときでした。「子どもたちへの伝道に使える!」と衝撃でした。 幼稚園・保育園のお誕生日会、月に1回の図書館でのお話しの会にクリスマス会、そして老人ホームにと、いろいろな場所に人形と行きました。 とにかく人形を持って...
増田敏子 「あなたがたが、どのように歩いて神を喜ばすべきかをわたしたちから学んだように、また、いま歩いているとおりに、ますます歩き続けなさい。(口語訳聖書)」テサロニケ人への第一の手紙 4章1節 私がクリスチャンになってから初めて腹話術に興味を持ったのは、同じ教会の姉妹が腹話術のお人形を持っていて、日曜学...
腹話術が出来なくなっても、父と母の問題が解決して私はすっかり安堵し、「ああ、神さまはこのような癒しのために、腹話術の賜物を引き上げなさったのだ」と腑に落ちる思いでした。 けれど、そういう心境でいられたのはほんの束の間でした。なぜって「それではこれからどのようにして生活していくの?」という現実問題が重くの...
No.5「エルサレム教会との一致」